尊敬のまなざしを一身に集めてしまいます。
「やっぱし、にんげんさんは、かみさまです?」
「神様は困りますよ」
「これをー」
きゃっぷ氏が、自分がかぶっていた折り紙カブトを、恭うやうやしく差し出してきます。
小さくてかぶれませんけど。
「ありがとう……でもあなたのトレードマークがなくなってしまいますね」
「ぼくら、あいでんててー、さほどじゅうしせぬです」
「した方がいいですよ……」
「かわりの、つくるです?」
と、積み上げられたラプトルの骸むくろ(?)を指さします。
なるほど。狩った獲物の頭ず蓋がい骨こつを装飾品として身につけるのですか。
類るい感かん魔ま術じゆつとか模も倣ほう魔術とか、そういった呪じゆ術じゆつ的てきな概がい念ねんがいよいよ発達してきたわけですね。
妖精さんが黒くなっていきます。
「みなのものー、かかれー」
ちくわ氏は狩った獲物の解体を指揮しています。
「ちくわさん、解体というのは、どうするんですか?」
「こんなです?」
妖精さんたちがいっせいにラプトルにとりつき、?のりづけ?された部分を石器ではがしていきます。ただの紙と輪ゴムの状態に戻してしまう作戦のようです。
みるみるうちにペーパークラフトは解体されていきます。
驚おどろくべきことに、それはたった一枚の紙と輪ゴムだけで作られていました。
開かれた体内には、縦じゆう横おう無む尽じんに輪ゴムが張り巡らされていて、まるで筋きん繊せん維いのように束ねられていました。これが四し肢しを動かし、精密な動作を実現していたのです。ゴム動力も緻ち密みつに作ると長時間の自律運動ができるものなんですね……。
「こっちからですー」「こっちもー」「からでーす」「はずれー」「こっち、はずれだ」「はずれですが、いいはずれでした」「なかなかの、はずれでした」「はずれははずれで、よしです」「あー、はずれだなー」「やっぱ、はずれます」「あえて、はずしました」「はずればっかりやがなー」
解体する妖精さんたちの会話に「はずれ」という単語が飛び交っています。
はずれがあるなら、あたりもあるということになりますが……はて?
「あったー!」
見守っていると、やがてひとりがそう叫び、ペーパークラフトの体内に収まっていたあるものを取り出しました。集まる妖精さんにまざって、わたしものぞきこみます。
「あ、これは……!」
銀紙に包まれたその立方体は……世界キャラメルでした。
世界キャラメル。それは国連が世界各地の子供たちに優先的に配給するために作っている、定番の応援食のことです。子供に糖分を摂取させることが目的なので、地元で申請さえしておけば配給札がなくても、キャラバンが来るたびに受け取ることができます。
世界キャラメルの最大の特徴……それは大きさです。
なんと一辺が三センチもあるのです。
国連の本気がうかがい知れます。
しかし定番のおやつであるがゆえ、飽きられやすいお菓子でもあります。そうしてあぶれたキャラメルが、どういう経緯かはともかくペーパークラフトに食べられてしまった、と。
「やつら、おかしうばってからだにかくすです」ときゃっぷ氏。
「食べてるわけじゃなかったんですね。隠すだけなんですか?」
「はい、いつかどこかでだれかがとられます」
発見者の妖精さんは、キャラメルを頭上に掲げながら、スキップをしていきます。
「はずれー」「はずしたです」「うーう、はずれだなー」「あたりだー」
またべつのあたり。
「だめだーたー」「からっぽです」「む、です」「はずされました」「あー、あったー」「こっちもあめさんげとです」
あたりのラプトルは、ポツポツといたようです。
回収されたお菓子はこんもりと積み上げられていきました。
キャラメル、飴あめ玉だま、鈴すずカステラ、もなか、プチドーナツ、ふ菓子……。
「たいりょうだー」「たしかなまんぞく」「どはくりょくでは?」「かりってすてきかも」「かりですませる、かりすまになるです」
妖精さんたちもご満まん悦えつ。
「あとのこりはー?」
「これ、さいごー」
解体も最後一頭を残すのみとなりました。
「それじゃー、みんなはからばこ、たたむです」ときゃっぷ氏。
『おー』
解体したラプトルを、折り線にそってたたんでいきます。
小型恐竜を象かたどっていた複雑怪奇な紙パーツ群は、折りたたみかたを変えただけで、紙箱となりました。驚おどろき桃の木、煙草たばこの箱サイズ。
「ごむとかはー?」「はこのなかにいれてー」「そのうえにー」「おかしいれてー」「できあがるー」「いえー」
デザイン時から考こう慮りよしてあったのか、外箱は商品パッケージ風になっていました。
上部に誇示するような文字がこう……
『よいこアニマルおやつ(ペーパークラフト一ヶ入)?第三期・恐竜編?』
「ごめんなさい、それは?うそくさいです」
「ほい?」
「なんで箱の形になってるんですか、あの複雑な代しろ物ものがあっさりと」
デタラメにもほどがあります。
「さー?」
「いったい何のための販売パッケージ形態なんですか!」
商品流通は崩ほう壊かいしています。
「あ、あの……でもでも……ほんとはかみこーさくがめいんなのに、おやつってひょーきしないと、こんびにおけないです」
「こんびにって何です?」
「……なんでしたかね?」
「知らないんですってば」
頭痛がしてきました。
「しかしこれはこれで、流通が生きていたらすごく売れそうなアイテムですね……」
「でそでそー」(誇らしげ)
「外箱をキットの一部にすることで、パーツ数を稼かせぐって意味もあるんですね。グッドデザイン賞狙ねらいですか。えげつないですねー」
「……おこられてる?」
「ある意味、感心しているんです」
「うほほー」
気がつくと、全ラプトルがすでにパッケージ形態に戻されていました。
ただひとつ問題があるようです。
「りーだーりーだー、はこにいれるおかしたりぬです」「しかたなーい」「でもきになるです?」「おかしいっぱいげとしたいです」
で、気付いたのですが。
「あなたたち、これだけすごい技術を持っているのに、お菓子作れないんですか?」
ぴた、とすべての妖精さんたちの動きが止まりました。
「な、なんです……?」
ちくわ氏が泣きそうな顔で答えました。
「……ぼくら、さいのーなしです」
「才能?」
「なんか、うまくつくれぬですよ」「おまずいです」「つくりたいきもち、あるです」「けど、しっぱいばかりするです」「なんでだろね?」「さー」「おかしのりねんがわからん」
変な種族です。
「おかしは、にんげんさんにかぎるです」
「もらったお菓子を家宝にして大事に隠し持つわけですね」
貴重品なのです。
「……ちなみに第一期と第二期はいつ出てたんですか?」
「でてないです」
「いきなり第三期スタート?」
「ではなくー」「うーん」「どーせつめーしたらよい?」「さいしょって、どんなだた?」「さー?」「わすれたなー、それー」「ぼく、おぼろげになら……」「いってみー」「たしかー、さいしょはー、せかいじゅのねもとでごろごろこしててー、そんでー──」
その妖精さんは、とんでもない言葉を口にします。
「こーごーせーせーげんかくせーぶつ、つくたんだた」
「はい?」
光合成性原核生物……と聞こえたような?
「おりがみでつくれるかなーておもて、つくたら、できたです」
普通はできないはずなんですが。
でもできるのかも……。妖精さんだし。
にわかに混乱してきました。
「でー、さんそはすでにいぱいあるのでー、べつにしんかまつことないなーとかんがえよったわ」「うん、そんなだ」「たしか、しんか、すぴーだっぷさせたね」「とちゅーで」「させたさせた」「しんかくせーぶつ、から、たさいぼーせーぶつ」「こーちょー、かいめん、かんけー」「そのあたりで、あとはおまかせもーど」「よくおぼえてたねー」「ふつーわすれる」「いつだけ?」「なんにちもまえだー」「へたしたらぼくらうまれてないわ」「それわすれるなー」「とゆかー、にんげんさんことば、うまくつたえにくーい」「じょーほーこめにくいよねー」「でもすてきやん?」「すてきだ、すてき」「きてき、びふてき、しゃてきにきてき」
「こーちょー、かいめん、かんけー……?」
腔こう腸ちよう動物・海かい綿めん動物・環かん形けい動物。
多細胞生物の初期ラインナップとして、かなり適した並びであるように思われます。
え、つまり……紙工作擬ぎ似じ生命体で進化を再現したと……?
「そのあとは、すぐな」「はやいよー、すぐだよー」「おもしろたいけんでしたな」
進化ってそんな簡単に再現できるのかな、折り紙で……。
深く考えることはやめました。
「あ──────っ!?」
そのとき、最後のラプトルを解体していた妖精さんが、悲鳴を上げました。
「なにごとー?」「じけんかー?」「なんだなんだ」「やじやじうまうま」
「これ、みよ─────っ!!」
妖精さんが天高く掲げていたもの。
それは──
「あ、金キャラです。すごい」
世界キャラメルにごくまれに封入される、アタリのキャラメル。
それが金のキャラメル。
ああ、包み紙が神こう々ごうしいほど金色に輝かがやいています。まぶしい。
『おおおおおおっ!』
妖精さんたちはいろめきたちます。
「この包み紙を国連に送ると、お菓子の缶詰が送られてきますよ。こーんなでっかいのが」
『はああぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!』
妖精さんたちは悶もだえはじめます。
「わたしもはじめて見ますねー。金のキャラメル」
ちなみに送る包み紙が銀色でも、五枚まとめて送ればお菓子の缶詰はもらえます。
ただし金とは違い抽選になってしまいますが。
どっちみち、届くのは数か月後でしょうけど……。
でもこういうのは、待ってる間が楽しいものですからね。
野や暮ぼはやめておきます。
「送っておいてあげましょうか? それ?」
「おねがいします」
包み紙を受け取ります。
どんなカンヅメなんでしょうね。ちょっと興味ありです。
「みんなー、このちょーしだー!」
きゃっぷ氏、大だい奮ふん起き。
「おーし」「やるぞー」「きあいだー」「しゅりょーだー」
こうして妖精社会に、狩しゆ猟りよう文化の神話的ジンクスが形成されたのです。
お菓子を集める性質を持つペーパーザウルスは、貴重な食料源です。
これを狩らない手はないと、彼らも気付いてしまったのです。
村人は石器を手に、ハンティングに明け暮れるようになりました。
次々と新しい石器が考案され、より効率の良い狩猟術が編み出されました。
狩りに出ない者も、野いちごやグミの実など天然おやつを集めるようになり、甘かん味みの供給量が激増しました。
そうです。
妖精さんは今や立派な狩猟採集民です。
過か疎そ化かが進んでいた村も、再び劇的な人口増加が見られるようになりました。
金のキャラメルは神話化しました。
包み紙を送付する関係で、そのまま取っておくことはできませんでしたが、妖精さんたちは像を彫ってこれを崇すう拝はいしました。
勇者が金のキャラメルを掲げている像です。
信仰は集落の帰属意識を高めます。
村はますます発展し、やがては都市化も確実だろうと思われました。
「しゅりょーたい、しゅっぱーつ」
妖精さんは様々な強敵を打ち倒していきました。
そして数多くのお菓子を、ゲットしていくのです。
ステゴサウルス(草食)──
「ましゅまろ、にゅーしゅー!」
アロサウルス──
「あろえきゃんでぃー!」
イグアノドン──
「てづくりぽてとちっぷー!」
エパンテリアス──
「かりんとうー!」
まさに快かい進しん撃げきでした。
ついには、恐竜界の獰どう猛もうなるプリンスとも相まみえることになりました。
「いまだー、かかれー!」
『おー』
落とし穴に足を取られたティラノサウルスレックスに、大勢で槍やりを投げつけます。
獲物が弱るまで、ずっと続けられます。
罠わなと投とう擲てきによる狩りの成功率は、大勢で飛びかかるより飛ひ躍やく的てきに高くなります。
強力な捕食者であるTレックスも、これにはたまりません。
あえぐように震ふるえると、身を横たえ、二度と起きあがることはありませんでした。
残ざん酷こくな、でもこれこそが、大自然の掟おきてというものです。紙ですが。
きゃっぷ氏が巨体に飛びつき、生いけ贄にえの心臓を取り出す手つきで、体内に秘められていたものを引っ張り出しました。たいそう重そうなそれは──
「え……これ……おおき……?」
出ました。
現れ出ました。
板チョコです。
無論のこと、ただの板チョコではないのです。
……異常な板チョコなのです。
日本漢字で?貯古齢糖?と表記するのがふさわしいと思えるほど、強烈な第一印象を発散しています。しかし、そんな字が描かれたTシャツを人は自然体の笑顔で着用することができるでしょうか? とても無理でしょう。つまりはそういうことなのです。
わたしも軽く混乱させられています。
本記録における登場人物説明よりもあからさまに多くの行数で、このチョコレートについて描写してみましょう。
まず巨大です。
一般的な板チョコなるものは、物質文明の終しゆう焉えんとともに市場から消えました。
しかし古いお菓子作りの本などで、写真を見ることはできます。
あれがだいたい七十?百二十グラムほどでしょうか。
対してこの血汚冷屠(ノリで字は変わります)、重さ実に五百グラム。
殴なぐっても簡単には割れない、装甲板みたいな代しろ物ものです。
いっそ装甲チョコとでも命名すればいいのに、茶の包み紙にある白い抜き文字は「CHOC-OLATE」と素そっ気けないものです。
裏を返せば、そこにはお馴な染じみ国連マーク。
国連主導で生産されているのですね。
エネルギーたっぷりで消化しやすいこのお菓子は、いざという時にけっこう人の命を救うみたいです。
つまり支援物資用なんです。
装甲板のようなチョコは、飢き餓がという見えない銃弾から人を守っているわけです。
今わたしはかなり良いことを言ったわけですけれども。
まあそのようなものですから、食料事情が悪化している地域に優先的に回されるもので、生活水準安定地域ではなかなか手に入りません。
余ったものだけがたまに配給札で交換できます。
一枚板ではなく割って小分けにしたバラ売りで……。寂しいことです。
大作りで分厚く、手にしただけで喜びがこみ上げてくるような、実に子供殺しのアイテムなだけに。板バージョン。はっきり言ってレアものです。
彼らもはじめて見るのでしょう。
妖精さんたちは開いた口を閉じることを忘れていました。
「ばかなー」「ありえない」「ほーりーしっと」「ゆめかー?」「わなかー?」「まぼろしかー?」「まぼろされたかー?」「あるいは、まぼろすか?」「おおきすぎると、とまどうです」「ばけものなのでは?」「れーせーにかんがえるとこうふんするです」「れーせーといえば、ひとことでいうとこれって……」「これって……」「これって……」
妖精さんたちの戸惑いは波紋となって広がり、そしていっせいに歓喜の爆発を引き起こしました。
『でかちょこだ───────────っ!!』
熱狂の時代を決定づける、象徴的な光景でした。
持ち帰られたでかチョコは、たちまち村中のうわさになりました。
妖精さんが八人がかりで運んできた怪物的菓子を前にして、民衆の期待はいやがうえにも高まります。
保存など考えられない。そんな心の余裕はない。食べるしかないのです。
唯一、気にする部分があるとするなら、どう食べるかの一点につきるでしょう。
例によって、妖精さん会議がはじまります。
「わる?」「わるの?」「わるです?」「みんなにいきわたる」「このまま、ずっとみてたいかも……」「うー、たべたーい」「しょーみ、どうしていいかわからんわ」「むね、くるしいのです」「なんぎだなー」
なかなか決まりません。
「にんげんさん、いいたべかた、ありませぬか?」
ちくわ氏が振ってきました。
「このままかち割って食べるのも一興でしょうけど、そうですね……これだけまとまった量があるといろいろな種類のチョコ菓子が作れるかもしれません」
「はー」ちくわ氏は体育座りでしばし考えこみます。「たくさんのしゅるい……って」
とんでもないことに気付いたような顔でわたしを見上げると、
「……おかし、ふえるんじゃ?」
「確かに種類は増えるんですけどね。……ああ、でもよくよく考えると、アーモンドとか他ほかの材料も使いますから、なんだかんだ言って確実に増量ですね」
「それ、まほう?」「でかちょこ、ふえたら、しあわせですよ?」「けどなー、ぎじゅつてきにはふかのう」「きせきです?」「きせきはおこすものです?」「じゃーおきるね」「じぶんが、おさえられぬです」「かちわってたべるのもいいです」「いろんなおかし、いーなー」「とーしだ、とーし」「にんげんさん、にんげんさん」
「なんでしょう?」
『はいー』
みんなして、板チョコをわたしに差し出してきました。
「……はいはい、作ればいいんですね?」
というわけで、一時帰宅の途。
お菓子作りにはそれなりに時間がかかるものです。
ぐずぐずしていたら、あっという間に日が暮れます。
一日をまたいでしまえば、原始時代が過ぎ去ってしまうこともありえます。
なんとか今日のうちに戻りたいところ。
「……十一時半ですか」
急げばなんとか、といったところ。
自然、足も速まるのですが、
「おや?」
途中、奇妙なものを発見してしまいました。
ガサゴソと茂みを蠢うごめくそれを、茂みをかきわけて確かめてみますと。
「くけ」
なんかいました。
鳥っぽいのが。
五センチくらいのサイズ。
「うーん、このサイズでこのディティールなら、九十五点」
よくできていました。
鳥かと問われると、少し悩みます。半分くらい恐竜っぽいのです。
でもまっすぐな羽とピンと後方に伸ばされた尾が特徴的で、既き視し感かんがあります。
「くけ?」
しかも声が出ます。フルボイス仕様です。
ペーパーザウルスにはなかった機能ですね、これは。
「ということは、新作……?」
設計担当の妖精さんが、どこかでせっせと開発しているのだと思われます。
「くけ、け」
そう言い残し(?)、怪鳥氏は茂みの中に駆けていってしまいました。
飛ぶ能力はそんなに高くないのかも。
五センチということは、実際は五十センチくらいのサイズがあった古生物、ということになります。
翼よく竜りゆうの末まつ裔えいなのかもしれません。
どこか引っかかるものがあるんですが、うまく言語化できませんでした。
「……いけない、時間」
お菓子を作らなくてはいけないのでした。
わたしは慌あわてて、自宅への道程を急ぎます。
チョコクランチバー、蒸しチョコケーキ、チョコビッツ、ローストアーモンドのチョコ絡がらめ、チョコドーナツ……etc.
結局、ラインアップの充実には丸一日を要しました。
できた品々を詰めると、バスケットは満杯になりました。
持ち上げると、ちょっとした重量物です。
翌日、その重いバスケットを手に、村に向かいました。
一日という時間は、妖精さんにとってのひと月にも一年にもなりうる期間です。
生きる速度が違うせいでしょうか。
翌日には集落が崩ほう壊かいしていた、というのはまったく不思議なことではないのです。
彼らにとっては、退屈な一日は耐え難がたい空白です。
だから、今日も村に行ってみたら、文明が行くところまで進んで崩壊している……といった可能性もあります。仕事はエレガントにこなしたいところですが、目が離はなせません。
どうか解散していませんように。
願いながら歩いていると、草原の切れ目に動くものがありました。
「……また新作」
二十センチほどの鳥でした。ダチョウが筋肉をつけていかつくなったような姿です。
巨大なクチバシに、どこで入手したものか、チョコバーをくわえていました。サイズから推測するに業務用ではなく配給品だと思われます。
メニューは地域によって異なるので、恐らく隣りん接せつエリアで配られたものを妖精さんが入手し、それが奪われた結果ここにあるのでしょう。
素そっ気けない包装紙で覆おおわれています。
スケールで考えると、実物は体長二メートル前後でしょうか。
ダチョウではないようです。
どのみち、古い時代を生きた生物のモデルなのでしょう。
クチバシで放り投げる仕草でチョコバーを飲みこむと、悠ゆう然ぜんと歩み去っていきます。ゴム動力とは思えぬ、堂々たる王者の風格です。
「そんな無防備だと恐竜さんに襲おそわれてしまいますよー」
「げらうぇい」
しゃっくりのような変な鳴き声でした。
あっちいけと言われたような気分になります。
「げら、げらっ、うぇいっ」
呟つぶやきながら草の海に消えていきました。
「自分であっち行ってるじゃないですか……」
さすがは不条理生命体。
しかしこの間の小鳥といい、鳥類が増えてきているのはなぜなんでしょう?
「……って、ああそう……なるほど、第四期なんですかね」
つまり、
『よいこアニマルおやつ(ペーパークラフト一ヶ入)?第四期・鳥類編?』
ということなのではないかと。
獣けものを生み出す妖精もいれば、それを駆り立てる妖精さんもおり。
いやはや、因果なものです。
しかし今日は、新作が出た反動なのか、ペーパーザウルスの姿が一向に見られません。
お菓子を所持していますから、万が一にも奪われたら困るので良いのですけど。
穏おだやかな日です。
「こんにちは」
「あー、にんげんさんー、きたるー」
幸い、村はまだ存続していました。
すぐ足下にたくさんの妖精さんが集まってきます。
「お元気そうですね」
「おげんくです」「むだにげんきです?」「いきいきいきてますが」「ちりあくたみたいなぼくらです」「なぜかいきてます」「ふしぎだー」「いきてるってふしぎです」「じつは、いきてないのかもです」「せかいはもしかするとじぶんひとりのまぼろしかもです」「きのうあたりからいきてるです」「そういえば、いきてます」
「あはは……」
いろいろな価値観があるようです。
あまり触れたくない意見も多々ありでしたが……。
「まあ、元気そうで良かったです。ところで」バスケットを前に置いて「これ、なにかわかります?」
「なんだろう?」「なにです?」「ばすけっとでは?」「まー、ばすけっとですな」「じつはばすけっとではない?」
「バスケットであってますよ。中身はなんだと思いますか?」
「くいずかー」「しけんかも」「わからんですなー」「なんもんなのでは?」
「……難問かなあ」
昨日あなたたちから依い頼らいされたんですけどね。
「いいにおいするです」「たまらないかんじ」「かきたてられます」「あけてい?」
「いいですよ」
妖精さんたちがバスケットを開けました。
「おわー」「ちょこれーとだー」「たくさんあるなー」「あまくせつないよかん」「みたことないのいっぱいなのですが」「たべてはいけぬのでしょうか?」
「どうぞ。ご依頼の品ですよ」
「いいのですか……」
妖精さんたちは意外そうな顔をしていました。
チョコレートの宴うたげがはじまりました。
すぐに村中の妖精さんが「なんだなんだ」と集まってきます。
「うあー」「ちょこだー」「たくさんあるです」「もらっていーい?」
たちまち広場は、妖精さんで埋うまりました。
もうわたしのことを怯おびえている妖精さんはいないようです。
はからずも餌え付づけ大成功ですね。
「しかし、人口が増えたのに、村の文化レベルは変わりないんですね」
「……そうですかい?」
「村がまだ残っているのはいいとしても、逆に進化が停てい滞たいしている気がするんですよね……」
前は一いつ瞬しゆんで行き着くところまで行ったので、少し拍子抜けかもです。
これはこれでどうなんでしょうか?
安定してくれるぶんには、記録もつけやすくなりますし、楽は楽なんですが。
この有様は、妖精さんらしいのでしょうか?
わたしの仕事は、仕事として成立しているのでしょうか?
判断の難しいところです。
「ところで妖精さんがた」
「……あい?」「なんです?」「ごしつもんですか?」「こたえ、こたえるです」
「第四期のシリーズはなかなかデキが良いですね。造形も洗練されてきていますし、紙とは思えないリアルさが出てきています」
ぽかーんとした顔を向けられてしまいました。
「……だいよんき」「だいよんきって?」「なんだけ?」「あったけ?」「なかったような」
「また忘れてるんじゃないですか? わたし、二度ほど見ましたよ、鳥さんのペーパークラフト」
「えーと」「つくたかなー」「だれかしってる?」「しらーん」「きおくにないです?」「ひしょがやったのかも?」「そうじしょくものだなー」
「見事に忘却されてますね」
しかも秘書とかどうでもいいですし。まあいいんですけど……。
やがて宴うたげも終わって。
「にんげんさんのおかし、おいしすぎました」
「いいえ」
「おいしすぎたので、どうしたらよいです?」
「は?」
どうしたら良いかと言われても困りますが。
「とりあえず、狩りに精を出されてはいかがでしょう?」
「なるほど」「ごもっともです」「かればかるほどうまいのです」「なー」「じゃーいきますかー?」「いくいくー」「かりだかりだ」「せいこうすると、いいのです」
狩りに対する妖精さんの欲求は強いようです。
なんだかイキイキとしています。
「ふふ」
微笑ほほえましい気分になってきます。
「うまくかりできたら、にんげんさんに、おかしのしかえしできるかもです」
「お返しと言いなさい」
「はー」
ぞろぞろと狩りの一団が草原を行きます。
かわりない草原が、今日も広がっています。
まったく変化がないということではなく、地平線を隠すようにそそり立っていた廃はい墟きよの輪りん郭かくがなくなっていること。
ただなくなったわけではなく、目を凝こらせば、ずっと向こう側にかすかな凹おう凸とつを確認することができます。
どうも一日一日、草原は領土を遠方に広げていったようです。
彼らの超常的なテクノロジーを、人間は理解できません。
話していると、彼ら自身も理解できていないような節ふしがありますが、ときおり見せる知識の片へん鱗りんは深遠なところに潜ひそむ巨大な知力を予感させたりもします。
実に不思議な種族なのです。
残念ながら、数が集まらないとその知性は発揮されません。
集まっても、ふとしたはずみですぐに散り散りになってしまいます。刹せつ那なの奇跡。
彼らの世界が大きく進展するとしたら、集しゆう合ごう離り散さんの性質の狭はざ間まに浮島のように現れる、わずかなチャンスの集積によってのことでしょう。
彼らとともに草原を歩いている今、理解できたことがひとつあります。
原始村の発展を、わたしが導くなんてことは必要ない。
調ちよう停てい官かんの仕事は支配でも管理でもなく、いざという時に取り持つことなのです。
いざという時に取り持てるよう、良い関係を築いて、理解を得て、もし問題があればすみやかに行動する。
そして今や人間と妖精さんとの間に、目を覆おおうような悲劇は見られません。昔にはあったのかもしれませんけど……今は有名無実化している。
わたしは仕事を、はじめる前から失っていたようなものです。何もしないでいい。彼らのなすがままを見ていればいい。進化ゲームの本戦を敗退した傍観者として。